
古くは7、8世紀の時代の尼寺に始まり、江戸時代には皇室とのゆかりによる「御所文化」が
育まれ、独特な宗教儀礼や信仰生活が形作られました。本展は、京都・奈良の尼門跡寺院である、
大聖寺、宝鏡寺、曇華院、光照院、円照寺、林丘寺、霊鑑寺、中宮寺、法華寺、三時知恩寺、
慈受院、宝慈院、本光院に関連する作品、180余点にてその世界を紹介いたします。
「尼門跡寺院展」には天皇・皇后を始め、高円宮妃・常陸宮妃・秋篠宮妃が訪れた大きな写真がロビーにかざってあったが、皇太子妃(雅子さん)は未だ訪れていないようであった。
「資生堂・サントリーの商品デザイン展」は今までに売り出された資生堂とサントリーの商品の容器やラベルが展示されていて懐かしい物や珍しい物が沢山あり、なかなか見応えがあった。
「尼門跡寺院」の方の観覧者は中高年が多く、「資生堂・サントリーの商品デザイン展」の方は若者が多かった。
’09年5月10日(日) 国立新美術館
「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」
現在、東京で2つのルーヴル美術館展が開催されている。国立西洋美術館「ルーヴル美術館展 17世紀ヨーロッパ絵画」と国立新美術館「ルーヴル美術館展 美の宮殿の子どもたち」である。今日は国立新美術館の方のルーヴル美術館展に行った。東京国立博物館の「阿修羅展」に行ったとき遅い時間に行ったらすいていたので今日も午後遅めに行った。案の定列ぶことなく入場できた。
「美術のなかの子ども」をテーマに、ルーヴル美術館の7つの部門(古代エジプト美術、古代オリエント美術、古代ギリシャ・エトルリア・ローマ美術、絵画、彫刻、美術工芸品、素描・版画)から、名品約200点が展示されていた。ルーヴルが所蔵する唯一の子どものミイラから、古代ギリシャの優美な彫刻、古代オリエントのかわいらしい玩具など興味をひくものもあった。
’09年5月9日(土) 松屋銀座
「描かれた不思議な世界ミヒャエル・ゾーヴァ展」
絵本の挿絵作家ミヒャエル・ゾーヴァ(1945年ドイツ生まれ)の展覧会。3年前に日本初の展覧会が開催され各地で大きな反響を呼んだ。今回松屋創業140周年記念として再度の開催となった。本展では絵本原画「ちいさなちいさな王様」「エスターハージーの王子の冒険」や映画「アメリ」の作品などの代表作から最新作までの約130点を展示。
ミヒャエル・ゾーヴァのプロフィール
1945年7月1日、ベルリン生まれ。ベルリン芸術大学で芸術教育学を専攻。美術教師を経て画家・風刺画家・イラストレーターとして活躍。ベルリン在住。1995年、現代を的確に風刺した画家に与えられる、オルフ・グルブランソン賞を受賞。
’09年5月2日(土) 東京国立博物館
興福寺創建1300年記念「国宝 阿修羅展」
東京国立博物館での企画展はいつも混雑していて入場までに1時間前後待たされる。今回は連日の混雑が見込まれ、平日は18時まで、金・土・日・祝日は20時まで開館時間を延長している。中高年の観覧者が帰途につく17時頃に行った。券売所傍の案内には中は混雑しているとは書いてあったが列ぶことなく入場できた。
興福寺の仏像類については過去に2回ばかり観ているが、今回見直して今まではいい加減に観ていたことがわかった。仏像は穏やかな表情をしていて、仏を守る像は四天王立像のようにがっちりした体格と怖い顔をしているものが多かったしそう思っていた。しかし八部衆像を観ると少年の顔をしていた、今までは気がつかなかったことであった。興福寺に初めて行ったのは、遠い昔小学校の修学旅行であった。あの頃は今のように厳重な警備はなく建物の中にも自由に入れて仏像も観ることができたと記憶している。五重塔も今は入れないが小学校の時は自由に入れて上まで登った。
’09年4月25日(土) サントリー美術館 「まぼろしの薩摩切子展」
イギリス・アイルランド・ボヘミアなど外国のカットガラスから江戸切子・薩摩切子を展示。薩摩切子の歴史を作品の展示によって解説。
’09年3月22日(日) 日本橋高島屋 「東本願寺至宝展」
パンフレットの説明文には次のような案内文が書いてある。
「京都の名刹に伝わる襖絵などを一堂に。2011年の宗祖親鸞聖人 七百五十回御遠忌を記念し、東本願寺の至宝を一堂に展覧いたします。江戸時代を通じ4度の大火にあい、焼失と再建の歴史を繰り返した御影堂は1895年(明治28年)に現在の姿となりました。そこには、岐阜の別院から移築された円山応挙筆の金地水墨の作品をはじめ、京都画壇を代表する岸竹堂、望月玉泉らの襖絵が伝えられています。加えて今回は特別に、園林堂内にある棟方志功作の襖絵「天に伸ぶ杉木」「河畔の呼吸」を公開いたします。」
地味な展覧会なので若者の入場者は少なく、中高年の男女が集まっていた。信徒も多く来ていたとは思うが私達と同様に招待券での入場者が多く見かけられた。
展覧会鑑賞後会場のと同じ階にある喫茶室フォション「サロン・ド・テ」で簡単な昼食を食べたが、ここは今時では珍しく喫煙席があった。
日本橋に着いたのは12時過ぎであったので展覧会を観る前に東京マラソンの走者が走っているか道路に出てみた。浅草方面へ行く走者と浅草から帰ってきて銀座方面に向かう走者が走っていた。銀座方面に向かっている走者は一生懸命走っていたが、浅草方面に向かっている走者は歩いている人が多くこれでは差がつくのは当たり前だと思った。しかし、それでもここに来るまでにはフルマラソンの距離の半分23kmは走っているのだからたいしたものである。折角参加して走っているのだから途中歩いても制限時間の7時間以内でゴール出来るように頑張って欲しいと思った。
’09年3月8日(日) 大丸ミュージアム 「ジョアン・ミロ展」
色彩豊かな抽象画家で知られている、20世紀を代表するスペインの巨匠ジョアン・ミロ(1893-1983)の作品展。ミロの晩年の代表作品を中心に、油彩・水彩・彫刻など約70点が展示されていた。
’09年3月8日(日) 出光美術館 「小杉放菴と大観 〜響きあう技とこころ〜」
小杉放菴(1881〜1964)という画家は知らなかったが、「金太郎」「良寛和尚」など優しい画風で知られているという。また若い頃は未醒(みせい)と号したほど、酒好きで豪放磊落な洋画家だったとのことである。笠置シズ子が東京ブギウギを舞台で踊りながら歌った姿をモデルにして描いた「天のうづめの命」がよかった。
洋画家としての名声をほしいままにしながらも、自分の理念にまっすぐな放菴の生き方は、日本画家・横山大観(1868〜1958)をも惹き付け、二人がたてた、日本画・洋画の区別なく研究する自由美術研究所の構想は、岡倉天心亡き後の再興日本美術院にそのまま受け継がれ、放菴を筆頭に日本美術院にはじめて洋画部門ができたそうだ。
’09年3月7日(土) 高校の関東地区ミニ同窓会と日本大判写真展
今日から東京都美術館で開催されている「日本大判写真展」2009の第6回中大判公募展に入選した鳥取在住の同期生が上京するということで皆んなで見に行こうと集まった。東京駅前の新丸ビル6階にあるブラジルのバーベキュー料理「BARBACOA」で昼食会をして上野へ向かった。
日本大判写真家協会の主催で「第15回採光写展」と「第6回中大判公募展」が同時に開かれていた。「美しい自然景観」というテーマで美しい風景が写されていた。同期生の作品は山形県月山の五色沼で鴨の親子が戯れている写真であった。この写真展は東京展を皮切りに京都・広島・神戸を巡回する。
’09年3月1日(日) 世田谷美術館
「十二の旅 感性と経験のイギリス美術」
美術館による解説
日本人にとってイギリスとは?イギリス人にとって日本とは?「旅」をめぐる交流の軌跡
自然にわけいる旅、人に出会う旅
「旅」は、古来より私たちに計り知れない体験をもたらしてきました。ヨーロッパの西北に位置し、日本と同様小さな島国であるイギリスの文化にとっても「旅」は欠くことのできない要素です。本展は、19世紀以降の12人のイギリスの作家を取りあげ、「旅」が彼等にもたらしたものを考察しようとする試みです。その旅とは、単に地理的な移動のみに留まらず、はるか古代への時間の旅、また自己の記憶をさかのぼる旅でもあり、時として政治的に強制された旅であったりもします。この12人は、時代も作風も異なりながら、日本と浅からぬかかわりをもち、また日本でよく知られた作家たちでもあります。彼等にとって、「旅」とは、そして日本とはどのような存在であったのか。また私たち日本人は、彼等によるイギリ文化をどのように受け止めるのか。本展では、日本とイギリス両国の交流を「旅」をキーワードに読み解いていきます。そこには、普段なにげなく目にする風景への驚くべき視覚の転換が潜んでいるのではないでしょうか。なお本展は、日英修好通商条約締結150年を記念して行われるUK−Japan 2008参加企画です。
出品作家:
J. M. W. ターナー(1775-1851)
ジョン・コンスタブル(1776-1873)
チャールズ・ワーグマン(1832-891)
バーナード・リーチ(1887-1979)
ヘンリー・ムーア(1898-1986)
ベン・ニコルソン(1894-1982)
デイヴィッド・ホックニー(1937-)
ボイル・ファミリー(マーク・ボイル 1934-2005、ジョーン・ボイル 1931−、セバスチャン・ボイル1962-、
ジョージア・ボイル 1963-)
アンソニー・グリーン(1939- )
デイヴィッド・ナッシュ(1945- )
モナ・ハトゥム(1952- )
アンディ・ゴールズワージー(1956-)
’09年2月2日(月) 小田急原宿会
会員の健康状態もあり昨年は一度も集まることが出来なかった。今年も1月に集まる予定であったがMiさんの体調不良で今日に延期されていた。一昨年の9月以来の集まりである。近くが良いだろうということで小田急向ヶ丘遊園の駅前のかまどか向ヶ丘遊園店で催した。正会員はMi・Ko・Ii・Ka・Ueの5人であるが残念なことに一人欠けてしまった。Kaさんの奥様から年賀状の返事が届き、Kaさんが昨年の12月18日に亡くなったということであった。一昨年会ったとき少し痩せてはいたが、「体調をくずしたが元気になったので心配はしていない」と話していたので元気でいるものと思っていた。ショックを受けたのは私だけではなく他の会員も意気消沈していた。久し振りの集まりだったので話が多く6時から10時まで話し込んでしまった。
’09年1月26日(月) 東京都美術館
「生活と芸術−アーツ&クラフツ展」 ウィリアム・モリスから民芸まで
美術館の休館日を利用したアスパラクラブの招待で出掛けた。ウィリアム・モリス展は10年くらい前に観たことがある。イギリスの住宅など建築物の内装、特に壁布・カーテン・家具などのデザインが良かった。弘子さんはカーテンの模様が気に入ったらしく、アカイヌ山荘を建てたときカーテンとカーテンレールは真似て注文をした。今回もウィリアム・モリスの作品を中心にイギリスの家具・布地などの展覧会と思ったが日本・中国・朝鮮の物も展示されていて、西洋のいろんなデザインの布地の数が少なく期待はずれであった。が女性には人気があるらしく観客の殆どが女性で男は数える程しかいなかった。
’09年1月25日(日) 国立新美術館
「未来を担う美術家たち DOMANI・明日展 2008」
文化庁芸術家在外研修の成果
カワイ表参道「パウゼ」でピアノ四重奏を鑑賞した後、地下鉄で一駅乃木坂へ足を伸ばして国立新美術館で行われている「未来を担う芸術家たち DOMANI・明日展
2008」を観てきた。
この展覧会の概要を国立新美術館のHPより引用する。
文化庁では、将来の我が国の芸術界を支える芸術家を育てるため、若手芸術家を海外に派遣し、その専門とする分野について研修する機会を提供する、「芸術家在外研修(新進芸術家海外留学制度)」を昭和42年度から実施しています。
同制度の成果を発表する場として開催してまいりました「DOMANI・明日展」ですが、本年度より国立新美術館に会場を移して開催いたします。今回は近年に派遣された研修生を中心に、15名の作家とその作品を紹介いたします。
’09年1月25日(日) カワイ表参道「パウゼ」にて
華麗なるPiano Quartet vol.4 を鑑賞
プログラム
J..トゥリナ /ピアノ四重奏曲 イ短調 作品67
A.ジョリヴェ /無伴奏ヴィオラの為の(5つの牧歌)
A.トヴォルザーク /ピアノ四重奏曲 第1番 ニ長調
作品23
ヴァイオリン:高木和弘 ヴィオラ:飛澤浩人 チェロ:小川和久 ピアノ:稲田潤子
’09年1月6日(火) 江東区深川江戸資料館通り
年末に新聞販売店を通して手に入れていた美術展のチケットがあったので東京都現代美術館へ出掛けた。正月明けで現代美術ということもあり美術館は閑散としていた。企画展会場の入口で招待券を差し出すと、もぎりのお嬢さんが「この招待券は期日指定があって12月27日までで今日は使えません」と言う。チケットをよく見ると成る程チケットの下に小さい文字で有効期日が書いてある。文字が大きく見えるメガネでもかけないと読み取れない。混雑している訳でもなく、遠いところをわざわざ来たのだからと言っても融通がきかない。作品を出品している人にとっては、一人でも多くの人に観てもらいたいと思うのだが、もぎりの人はそこまで気が回らない。展覧会は「ネオ・トロピカリア:ブラジルの創造力」でブラジルのアーティストの作品展示である。ミュージアムショップで売っている図録を見ると現代美術だけであって派手な色づかいの絵画やがらくたを積み重ねた彫刻らしき物などで、入場料を出してまで観る気がしなくなった。天気が良かったので清澄庭園でも観て帰ろうと思って深川江戸資料館通りを清澄庭園へ向かった。
通りでは深川七福神巡りのグループや個人で名所巡りをしている人を何人か見かける。あるグループがたむろしている所があったので何があるのか覗いて見た。雲光院というお寺で徳川家康公の側室阿茶局の菩提寺であった。阿茶局の墓「賓篋印塔」があり、法號「雲光院殿従一位尼公」が記されていた。この法號「雲光院」がそのまま寺の名称になったとのことである。
江戸資料館の斜め前の長専院不動寺には紀伊国屋文左衛門の墓と出世不動があるというので立ち寄った。隅田川の湿地を埋め立てる難工事の際に不動尊像がお告げに出てきたので、霊巌寺の工事の中、お堂を建て安置した、すると工事が順調に進んだという。この不動尊像を不動寺に安置した際に出世不動と命名されたという。出世不動を右に曲がると梵鐘が置かれている。普通は吊られて見ることが出来ない竜頭と呼ばれる部分が細かく観察できる。
長専院不動寺の向かいに霊巌寺がある。霊巌寺には、11代将軍徳川家斉のもとで老中首座として寛政の改革を行った松平定信の墓をはじめ、今治藩主松平家や膳所藩主本多家など大名の墓があった。また、境内には江戸六地蔵の第五番(銅造地蔵菩薩坐像)が安置されていた。
予定しなかったお寺巡りをしたので時間を費やし、清澄庭園の前の通りに着いたときには入園して庭園を観る時間がなくなっていた。庭園見学は次の機会にと帰宅の途についた。
’08年12月21日(日) 世田谷美術館 「山口 薫展」「難波田史男展」
山口薫(1907-1968)は、群馬県の箕輪村(現・高崎市内)で農業を営む旧家に生まれ、少年の頃から絵を描くことが好きだった。17歳にして画家になる決意を固め、上京して東京美術学校(現・東京藝術大学)に学び、在学中、早くも19歳にして帝展に入選。卒業後はすぐさまパリへ留学し、ヨーロッパ各地を旅しながら絵画の勉強をし、およそ3年の歳月を過ごして、画家としての人生をスタートさせました。1933年に帰国したのちは、戦時中一時故郷に疎開したが、世田谷・上北沢にアトリエを構え、そこで他界するまでの35年間を過ごした。
山口薫の画風は都市と田園のはざまを行き来し、抽象と具象のはざまで揺れ動きながら時代とともに大きな変化を見せ、抽象の度合いも深まっていった。しかし画面にはいつも故郷の原風景があるように見受けられた。馬や牛、水田やや山、人々の日々の暮らしなどがモチーフになっている。可愛がっていた娘や飼っていた犬の画も何点かあった。1953年以降は東京藝術大学にて後進の育成にも力を尽くし、生涯にわたって多くの才能を世に送り出した。
難波田史男(1941-1974)は画家・難波田龍起の次男として生まれ、将来を嘱望されるなか、1974年に32歳の若さで急逝した。彼の水彩画、油彩画は、繊細な線と自由に広がる色面が呼応して独自の世界を築き上げているが具象画とも抽象画ともいえない私には少し理解しがたい絵であった。
’08年12月13日(土) ヨガ教室有志会
ヨガ教室で長年一緒に修行していた有志の集まりで、今年の忘年会として今回は杉並区の阿佐ヶ谷駅前の「山猫軒」で行った。脚を悪くしているOkuさんも参加出来るようにOkuさんの地元である阿佐ヶ谷に集まった。出席者はMoさん夫妻、Kasaさん、Makiさん、Okuさん、Kataさん、Yoshiさん、それに私達夫婦の9人であった。皆さん元気で、Moさん夫妻は80歳を記念に今年の10月に北ルプス表銀座を縦走してきたと素晴らしい写真を見せてくれた。料理はフランス料理でシェフおまかせのフルコースを食べたが美味しい料理であった。
’08年11月29日(土) 東京都美術館
「フランス官展 ル・サロンとの交流 第34回 太陽美術展」
30年以上にわたってスーツの仕立てをお願いしていた横浜の「テーラーK」の奥さんが油絵を描き続けている。以前横浜で個展を催したときも観覧した。世界の文化的建造物を描き、特に遺跡に興味があるようであった。今回、太陽美術展で文部科学大臣賞を受けたので時間があったら観てくださいと入場券を頂いた。
土曜日でしかも晴天であったためか上野の山はすごい人出であった。駅構内から外に出る改札が行列でなかなか外に出られない。改札の横にある美術館の入場券売り場も行列が出来ていた。改札を出ると、国立西洋美術館・国立科学博物館・東京国立博物館・東京都美術館・東京藝大美術館・上野動物園などに行く人の行列で普通に歩けない程の人出であった。噴水の広場では新潟県の物産販売のテント村が出来ていて「佐渡おけさ」の踊りなども披露していた。東京都美術館では「フェルメール展」に入る人の列が外まで続いていて最後尾に入場までに50分という立て札を持っている人がいた。
太陽美術協会がどのような人の集まりか知らないが、展示内容は水彩・油彩・日本画・パステル・アクリル・布絵・版画・その他と多彩な分野にわたっていた。案内を頂いたK・Sさんの作品は「風化」という題の油彩画で100号の大きな画で遺跡・廃墟をモチーフにしたものであった。K・Sさんの作品だけを観て帰る予定であったがついつい他の作品も観てしまった。展示総数が398点もあり余り時間をかけないでさっと観たがそれでも400点を観ると疲れた。
’08年11月18日(火) 国立西洋美術館
「ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情」展
北欧のフェルメールと言われるデンマークを代表する画家の一人であるヴルヘルム・ハンマースホイの展覧会。この展覧会が催されるまではハンマースホイという画家は知らなかった。室内画が多く、モノトーンを基調として描かれた絵画は動くものがなく、ただ静かな絵画空間があるという絵画であった。同時期に活躍した、デンマーク室内画派とよばれるピーダ・イルステズやカール・ホルスーウの作品も合わせて紹介されていた。
’08年10月27日(月) 東京文化会館にてピアノリサイタル鑑賞
稲田潤子ピアノリサイタル "Imagination"Vol.8
プログラム
ロパルツ: 若い娘達 ドビュッシー: 映像 第1集
・無頓着な人 ・水の上の反映
・なげやりな人 ・ラモー礼さん讃
・あだな人
・運動
・やさしい人
・気の多い人
ラフマニノフ: 10の前奏曲 作品23 クライスラー=ラフマニノフ: 愛の喜び
アンコール曲
ドビュッシー 亜麻色の髪の乙女
ドビュッシー 花火
ラフマニノフ 作品3−4 ポリチネル
’08年10月15日(水) 東京都美術館
「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」
オランダのハーグ近くのデルフトという小都市に生まれたヨハネス・フェルメール(
1632-1675 )は、生涯で残した作品は、わずか三十数点と言われている。昨年、新国立美術館で行われた展覧会にフェルメールの作品「牛乳を注ぐ女」が一点来ましたが、フェルメールの作品が展覧会へ出品されることは、ほとんどないそうです。
しかし 今年(2008年)はオランダと日本との修好150周年を記念する企画展として、フェルメールの作品を中心に、オランダ絵画の黄金期を代表するデルフトの画家たちの絵画が展示された展覧会が開催された。総数38点の展覧会であったが中味の濃いものであった。
出品されたフェルメールの作品
《ワイングラスを持つ娘》 《小路》 《ヴァージナルの前に座る若い女》 《手紙を書く婦人と召使い》
《マルタとマリアの家のキリスト》 《ディアナとニンフたち》 《リュートを調弦する女》
’08年10月9日(木) 聖アンデレ教会
〜高麗博物館を支援するチャリティー・コンサート〜 吹け、「シンパラム」の風
「シンパラム」は韓国語で、抑圧から放たれ、人が人を疑う必要がなくなった社会に住む人間の心の中に吹きみつる不思議な風のことである。
プログラム
ピアノとハープ
C.フランク /前奏曲、フーガと変奏曲
M.グランジャニー /古典様式のアリア
J.トゥリーナ /主題と変奏曲
ピアノ
L.ベートーヴェン /ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」
F.ショパン /バラード第1番
E.グリーグ /アリエッタ
ハープ
A.ツァベル /泉
J.トーマス /吟遊詩人の故郷への永遠の別れ
M.グランジャニー /子供の時間
1.いたずらっ子 2.小さな天使 3.ポニーのギャロップ
4.庭で遊ぶ 5.パレード 6.眠りの精
ピアノ : 崔善愛(チェ・ソンエ) ハープ
: 東海林悦子
’08年9月21日(日) 旧東京音楽学校奏楽堂
藝大の美術館に行った帰りに上野動物園に行く予定であったが、雨が降って来たので旧音楽学校の奏楽堂を見学することにした。奏楽堂は東京藝術大学音楽部の前身であった東京音楽学校の校舎施設として明治23年5月に建造された日本最古の洋式音楽ホールである。機能面の問題と老朽化から取り壊されることになったが、昭和58年に台東区がこの建物を東京藝術大学から譲り受け、藝大に近い上野公園内に復元移築した。
1階には楽屋・練習室・展示室があり、正面中央の2階が音楽ホールである。舞台正面にパイプオルガンがある。このオルガンは大正9年に徳川頼貞候がイギリスから購入し、昭和3年に東京音楽学校に寄附した。我が国最古のコンサート用オルガンでやわらかい音色を出す。奏楽堂は昭和63年1月に重要文化財に指定された。
’08年9月21日(日) 東京藝術大学大学美術館
狩野芳崖 「悲母観音への軌跡」
東京藝術大学美術館のHPより本展の解説を添付
幕末の長府(現在の下関市)に長府藩御用絵師の嫡子として生まれた狩野芳崖(1828〜1888)は、
近代日本画の基礎を築いた人物としてその名を残す画家です。 明治時代、フェノロサ、岡倉天心らとともに西洋画法を取り入れた日本画の改革・実験に取り組んだ芳崖は、
その後の日本画の発展に大きく寄与しました。この芳崖の絶筆《悲母観音》(重要文化財)は、
作品自体の完成度の高さに加え、近代日本画の幕開けを告げる記念碑的作品と位置づけられ、
続く若い作家たちへも様々な影響を与えた極めて重要な作品といえます。
今年2008年は、狩野芳崖生誕180年、没後120年にあたります。 本展では、晩年の日本画革新時代の作品だけではなく、
郷里で修業を積んだ幼少時代からの作品を網羅、《悲母観音》制作に至る芳崖の画業を追い、
今再び《悲母観音》の魅力に迫ります。
台東区コレクション展 「日本絵画の源流、敦煌莫高窟壁画模写」
東京藝術大学美術館のHPより本展の解説を添付
台東区では、東京藝術大学との芸術・文化交流の一環として若手芸術家の育成支援を目的に、
東京藝術大学大学院の修了制作の一部として制作された「法隆寺金堂壁画」「敦煌莫高窟壁画」の模写作品を買い上げ、所蔵しています。
作品は昭和57年度から平成15年度までに制作されたもので、その数は50点を超え、区の貴重な文化的財産となっています。
そこで平成20年5月より、台東区役所1階台東アートギャラリー内で「法隆寺金堂壁画」及び「敦煌莫高窟壁画」の模写作品を展示しておりますが、
今回のコレクション展では、台東アートギャラリーでの展示が困難な複数の部分図により構成されている 「敦煌莫高窟壁画」の模写作品を中心に展示いたします。
’08年8月30日(土) 日本科学未来館
「世界最大の翼竜展 〜恐竜時代の空の支配者〜」
久し振りにお台場に出掛けた。悪い天気にもかかわらず「ゆりかもめ」の新橋駅は混雑していた。どの「ゆりかもめ」も満員であった。乗客の顔ぶれを見ると若いカップルと子供ずれの家族で私達のような年寄りは見当たらなかった。アクアシティーとフジテレビがある台場駅で若いカッブルたちは下車した。子供ずれの家族は船の科学館駅と「日本科学未来館」が近いテレコムセンター駅で下車した。
日本科学未来館のイベントは「世界最大の翼竜展」と防災の日が近いこともあり地震から命を守る対策の1つ「免震」についてであった。「免震体験車」が3台も来ていて体験する人が列をつくっていた。こちらは見学しないで「翼竜展」を見た。
恐竜時代に大空を支配した“翼竜”がテーマの企画展です。 世界各地から発見された翼竜の化石と翼を広げると10mにもなる世界最大の翼竜”ケツァルコアトルス”の全身骨格などが展示され、翼竜の飛び方から学ぶ先端の飛行技術の研究についても映像で紹介されていた。翼竜は一見鳥の様であるが羽根に当たるところは鳥のような毛の羽でなく薄い膜である。面白かったのは歩くとき足だけでなく、飛ぶときに使う膜をつけている手にあたるものも使って4本足で歩くことであった。
’08年8月13日(水) 東京国立博物館 平成館
特別展「対決−巨匠たちの日本美術」
日本美術に残る傑作の数々は、時代を代表する絵師や仏師、陶工らが師匠や先達の作品に学び、時にはライバルとして競い合う中で生み出されてきました。優れた芸術家たちの作品を比較すると、興味深い対照の妙を見出すことができる。
同門から出て異なった作風を開拓した鎌倉時代の「運慶vs快慶」に始まり、室町時代の代表的水墨画家雪舟等楊と彼に私淑した雪村周継、安土桃山時代に天下人の御用を争った狩野永徳と長谷川等伯など、中世から近代までの日本美術史に名を刻む巨匠たちを、2人づつ下記12組とし、名品を対決させる形で紹介していた。
運慶 vs 快慶 雪舟 vs 雪村 永徳 vs 等伯 長次郎 vs 光悦 宗達
vs 光琳 仁清 vs 乾山
円空 vs 木喰 大雅 vs 蕪村 若冲 vs 蕭白 応挙 vs 芦雪 歌麿
vs 写楽 鉄斎 vs 大観
俵屋宗達と尾形光琳の「風神雷神図屏風」も展示され細かく見比べることができた。光琳の屏風は東京国立博物館が所蔵しているので何回か見ているが宗達の屏風(京都・建仁寺蔵)は初めてであった。私は宗達の屏風が好きだ。円山応挙と長沢芦雪の虎図も良かった。
’08年8月12日(月) ヨガ教室有志会
ヨガ教室で長年一緒に修行していた有志の集まりで、今までにも両国でのちゃんこ鍋料理、入谷での普茶料理、新宿での加賀料理など6回集まり、食事をともにして旧交を温めている。今回は銀座「驛(うまや)」での集まりであった。
’08年7月23日(水) 東京体育館にて「ボリショイサーカス」を見物
新聞販売店のチケットプレゼントのサーカス観覧券が当たったので東京体育館に出掛けた。観覧券はB自由席券で良い席に座るためには開場1時間半前から列ぶ。一昨年行ったとき1時間前に行ったらもう長蛇の列であった。今年も長い列で、しかも気温が30度を超えていた。年寄りがそんな所に列んで熱中症にでもなったら大変である。1000円を追加してA指定席に変更して入場した。
一昨年は動物の演技は熊・犬・馬であった。今年は熊・虎・犬・猫で演技の後に熊は角砂糖、虎は肉のかけらが貰えるので一生懸命演技をした。動物・団員と一緒に写真を撮る商売は相変わらずやっていた。結構面白かった。
’08年7月18日(金) カワイ表参道「パウゼ」にて
華麗なる PIANO QUARTET vol.3 を鑑賞
プログラム
G..ルクー /ピアノ四重奏曲
黛 敏郎 /”文楽”(無伴奏)
E.ショーソン /ピアノ四重奏曲 イ長調 作品30
ヴァイオリン:高木和弘 ヴィオラ:飛澤浩人 チェロ:小川和久 ピアノ:稲田潤子
’08年7月7日(月) 六本木ヒルズ 森美術館
「英国美術の現代史:ターナー賞の歩み展」
新聞販売店のプレゼントとして招待券が手に入った。現代美術は好みではないが六本木ヒルズに行くのも久し振り(2年振り)なので行って見ることにした。森タワーを囲む地域の雰囲気は以前と変わらなかった。美術作品は絵画・彫刻・映像など今まで受賞したものが展示されていた。イヤホンガイドを無料で貸して呉れたが、説明を聴いても興味が沸かなかった。
’08年6月4日(水) 東京国立博物館 平成館
平城遷都1300年記念「国宝 薬師寺展」
ニュースによると観覧者が押しかけ、連日入場制限をしていて1時間半から2時間待ちという。5月29日に行く予定にしていた。当日たまたま雨天で肌寒い日であった。こんな日は観覧者は少ないだろうと思い出掛けた。雨の中にもかかわらず上野駅公園口から国立博物館へ向かう人が多い。入口の門に近づくにつれ拡声器の声が聞こえてきた。入場券の買い方の案内をしているものと思っていたら入場制限の案内であった。只今1時間10分の待ち時間です。今、連絡が入り1時間30分になりました。この寒い雨の中1時間半も外で立っていなければならない。早々に諦めて帰った。翌日の新聞の声(投書欄)に80歳代の人の投書が載っていた。杖を突いて出掛け、やっと博物館に着いたのに1時間半待ち、外国のように身障者や老人は別の列にして早く入場させるような措置が出来ないのかと。この老夫婦も返金してもらって帰ったという。
期間も終わり近くなりこう観覧者が多いと前売り券を買っている人が入場出来なくなる。ということなのかどうか知らないが4日から期間最終日まで開館時間を8時まで延長することにした。
今日から8時まで開館する。この情報を知らない人は4時を過ぎればもう行かない。今日の夕方は空いているはず、と思って出掛けた。4時半に入口に着くと待ち時間90分と書いてある看板を持った人が立っている。天気もいいし、1時間半と言っても多めに言っているだけで本当は1時間ちょっとで入れるだろうと思って列ぶことにした。入場出来たのは掲示通り1時間半後であった。昼間は3時間待ちであったらしい。
薬師寺は、天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を願って天武天皇9年(680)に創建を発願した由緒ある大和の古寺です。はじめは藤原京に伽藍が造られましたが、養老2年(718)に平城京に移されて現在に至り、平成10年(1998)には、ユネスコの世界遺産に登録されました。薬師寺には、金堂の薬師三尊像や東院堂の聖観音菩薩立像などをはじめとする名宝が、大切に保存されつづけ今日に伝えられています。
薬師寺には個人的にもまた修学旅行でも何回か行った。管首が橋本凝胤(はしもと
ぎょいん)の頃から修学旅行生に対しての説明が上手で、生徒を飽きさせることなく面白く説明をしていた。これが高田好胤(たかだ
こういん)にも引き継がれ、生徒を引きつける説明法は今も他の僧侶に引き継がれているだろう。
薬師寺は平安時代には火災や大風で沢山の堂や回廊・門などが焼失したり壊れる。その都度造営するが鎌倉時代には地震、大風、兵火などで倒壊してしまう。仮の金堂・講堂などを造営するが昭和に入ってからも地震や大風で倒壊、破損する。1960年代当時の管主だあった高田好胤の尽力により金堂・西塔・大講堂・僧坊・中門などの復興に取りかかった。1971年には日本橋三越百貨店にて月光菩薩展が開かれ金堂復興大勧進が行われた。2000年大晦日には平山郁夫画伯により「大唐西城壁画」が玄奘三蔵院伽藍の壁画殿に献納された。
本展覧会は、平城遷都1300年を記念して開催するもので、日本仏教彫刻の最高傑作のひとつとして知られる金堂の日光・月光菩薩立像(国宝)がそろって寺外ではじめて公開されている。また、聖観音菩薩立像(国宝)、慈恩大師像(国宝)、吉祥天像(国宝)などの仏像、絵画の至宝に加えて、神像の名品として名高い八幡三神坐像(国宝)や草創期の寺の姿をたどる考古遺物など薬師寺の貴重な文化財を観ることが出来る。
入場者が会期50日目の2008年5月20日(火)、50万人に達しました。1日平均1万人入場していることである。会期も終わり近いので1日の入場者は増えているだろう。ひょっとしたら60万人目の入場者になるかも知れないと思ったが何の話もなく記念品も貰えなかった。博物館ニュースによれば「6月4日(水)、70万人に達しました」と書いてあるので昼間3時間列んで入場した人かも知れない。
’08年5月21日(水) 日本橋三越本店ギャラリー
「今、甦るローマ開催・日本美術展」
1930年(昭和5年)、ローマ市中心部の大美術館パラッツオ・デルラ・エスポジツィオーネにおいて、イタリア政府主催による「日本美術展覧会(通称ローマ展)」が開催された。
当時の日本画壇を代表する日本画家たち総勢80名が制作した大正末期から昭和初期の日本画168件が出品され、会場の内装には、日本から同行した宮大工らの手により、大小さまざまな床の間を備えた日本的建築空間が再現されました。
この展覧会を全面的に支援したのが、大倉財閥の総師・大倉喜七郎男爵であり、作品の画料をはじめとする膨大な経費(現在の金額にして約100億円)をすべて負担しました。そのため、ローマ展に出陳された主要作品の多くが、現在は大倉集古館に所蔵されている。
本展では横山大観が日本を象徴するテーマとして取り組んだ畢生の作「夜桜」をはじめ、大倉集古館所蔵の約40件を中心に、諸機関に分蔵される作品を加えて展観し、当時の日本美の粋を集めた豪奢な展覧会の様を紹介していた。
上野と日本橋の2カ所をハシゴしたため、足腰が相当やられた。こんなことで疲れるようでは我ながら情けない。
’08年5月21(水) 東京都美術館
日仏交流100周年記念 芸術都市「パリの100年展」
パンフレットには今回の展覧会について次のように書いてある。 フランスの首都パリは文化の長い伝統を誇りながら、21世紀の今もなお革新と発展を続ける世界の芸術の中心地です。そのパリが世界で最も栄光のある絶頂期を築いたのは1830年代、いわゆるロマン派登場の時代から、パリ万博を経て国際的に若い芸術家を集めた1930年代、第二次大戦前の約100年間といえるでしょう。
日本とフランスは1858年(安政5)に日仏修好条約が締結されて以来、文化的、経済的にも親密な関係を保っており、2008年は150周年にあたります。本展はそれを記念し、パリをテーマとした近代フランス約100年の優れた油彩画、彫刻、素描、版画、写真など約150点を、ルーヴル、オルセー、ポンピドゥー、プティ・パレ、カルナヴァレ、マルモッタン、ロダンなど世界的に著名な美術館の出品協力によって展示構成します。
これらの芸術作品を通して、パリという都市の洗練された美しさ、そこに生きる男女の哀歓の姿、そして都市文化と自然との調和への憧憬を汲み取っていただきたいと思います。
’08年5月8日(木) 松屋銀座 「絵本の魔術師 エリック・カール展」
色鮮やかな切り絵と穴が開けられた楽しいしかけ絵本の作者エリック・カールの展覧会。世界のベストセラー、日本でも約300万部売れたという「はらぺこあおむし」から最新作までの絵本原画や制作過程を伝えるスケッチ類、近年取り組んでいるアート作品など約100点が展示されていた。
観客には子供連れのお母さんが結構多く見に来ていた。絵を見ながら物語を子供に話していた。絵本が読めるコーナーがあったが、大人が席を占領していて、夢中になって絵本を見ていた。
’08年4月18日(金) 神宮球場でのプロ野球観戦が中止
今年もプロ野球リーク゜戦が始まった。阪神タイガースは毎年開幕戦は黒星でスタートするが、今年は横浜との3連戦を3連勝でスタートし、その後も勝ち数を伸ばし開幕から6カード連続の勝ち越しを続け破竹の勢いである。今日、神宮球場で行われる阪神−ヤクルト戦のチケットが手に入ったので応援グッズも揃え、応援に行く予定にしていたが運悪く雨と強風のために中止となった。前日の甲子園での広島戦も雨で中止になっていたので2試合水入りとなった。休みが2つも入ると今の勢いが狂うのではないかと心配である。阪神タイガースの体質として一度負け出すとずるずる負ける癖がある。
昨年の最多勝利投手のグライシンガーと最多安打・最多打点王のラミレスをヤクルトから引き抜いた巨人が、開幕戦のヤクルトに3連敗し今だに調子が出ない。ヤクルトファンは大喜びしているのではないか。
この記事を書いた後、テレビのスポーツニュースを見たら、横浜スタジアムは中止になっていたのに、神宮球場では中止にしないで予定通り試合をしていた。成城では夕方も夜になっても雨が降っていて一日中雨だった。昼間の大学野球は中止になっていたので当然中止だと思って球場へは出掛けなかった。ヤクルト球団はどうして決行したのだろう。雨の中での試合でエラーも多く自滅した形になっていた。阪神タイガースにとっては勝ち星が増えた。
’08年4月12日(土) ターナ・スチュワート陶芸展
昨年まではキャピトル東急ホテルで行われていたが、新しく高層ビルに建て替えられるためキャピトル東急ホテルは解体されている。そのために今回は神田明神に近い妻恋坂の和風カフェ「藤」で行われた。場所が狭かったので作品の数は少なくペンダント、イヤリングなどのジュエリーに限られていた。
’08年4月7日(月) 新宿ジョイシネマにて
映画「犬と私の10の約束」を鑑賞
犬と飼い主の少女との10年間のドラマ。飼われている犬がもし人間の言葉が話せたら、犬たちは飼い主の人間に何を求めるのか、犬を飼っている人やこれから犬を飼いたいと思っている人に参考になる映画である。森重久弥が、子供と動物には敵わないので一緒に出演するのは嫌だと以前言っていたが、子供と動物の間の愛情をえがく物語にはいつも感動する。最近は涙もろくなってきて自然に涙が出てくる。
’08年4月2日(水) 日本橋高島屋ホール「中山忠彦 永遠の女神展」
日本芸術院会員で日展常務理事を務める中山忠彦は、若い頃は女性の裸体をテーマに描いていた画家であったそうだ。結婚以来、夫人をモデルにアンティークドレスをまとった女性を描き続けている。描かれているモデルは美人で1965年の結婚当初から2000年になっても容貌は変わらない、歳を取らないのである。画家と夫人が展覧会場に来ていたが夫人の顔と絵の顔と違う、夫人の若いときの写真の顔とも違う、ちょっとおかしいのではないかと言うと、画家には絵に描かれたように見えたのだろうということで納得した。夫人を描くより自分が収集したアンティークなドレスを描きたかったように思った。人物画では着ている衣装だけでなく、顔・身体の表情にも関心があるがこの女神は同じ顔をしていた。
’08年4月2日(水) 江戸東京博物館 「天璋院 篤姫展」
薩摩藩主島津家の一門に生まれ、21歳で徳川13代将軍家定に嫁いだ篤姫。夫の急死後、若き14代家茂の養母として、その妻和宮とともに3000人の江戸城大奥をまとめ、戊辰戦争時には江戸城無血開城と徳川家存続に大きな役割を果たした。その篤姫と彼女をとりまく人々のゆかりの品を展示していた。
NHKの大河ドラマ「篤姫」と連動する展覧会でもあり、また期間終わり近くで行った時間帯も良くなく、チケット売り場では列が出来ており、入場も制限していたので会場に入るのにまた列び、中に入っても混雑していて展示してある物が見えない。見るのも好い加減にして前に進もうとしても、みんなが動かないので前に進めず2時間半も会場にいる破目になった。
’08年3月29日(土) 成城の夜桜
今年の桜は東京では気象庁の予報より早まり3月29日・30日が満開になった。土曜・日曜と重なったので花見客の人出で賑わった。近くの成城の住宅街と仙川沿いの桜並木は美しく毎年沢山の花見客で賑わう。今年も東宝撮影所付近はライトアップされ、昼間と違った美しさがある。満開の日が早まったのと昼間、市川崑監督のお別れ会が東宝撮影所のスタジオで行われたのでライトアップの準備が遅れ、急遽ライトアップが整った2つの橋の周辺は押すな押すなの人であった。犬を連れた花見客も多く、犬に桜の花が綺麗だろ、と話しかけている人もいたが犬は桜には関心が無く夜散歩に連れ出されたのが嬉しそうであった。
’08年3月21日(金) サントリー美術館 「ガレとジャポニズム」
アール・ヌーヴォーを代表する芸術家エミール・ガレ。ガレにみられるジャポニスムの変遷を、ガラス・陶器・家具など約140件の作品で紹介していた。サントリー美術館はガレの作品を多数持っているのでその作品を展示しているのかと思っていたが、国内外の美術館からの作品も数多く展示していた。
’08年3月21日(金) 東京ミッドタウン・デザインハブ
特別展「ラハティ応用科学大学(フィンランド)デザイン学部作品展」
フィンランドのラハティ応用科学大学デザイン学部全学科による作品展。欧州トップレベルにある産学協同で製品化された商品やブラウン賞受賞作品など、基礎演習作品から卒業制作までモデル・パネル・映像等で幅広く紹介していた。留学中の日本人2人の作品も出品されていた。
’08年2月25日(月) 新宿テアトルタイムズスクエアにて
映画「レンブラントの夜警」を鑑賞
新宿タカシマヤの12Fにある「テアトルタイムズスクエア」に映画「レンブラントの夜警」を観に行った。レンブラントが描いた有名な絵画「夜警」の中に隠された秘密と真相、またこの絵を描いた後レンブラントが破滅していく理由が物語のすじであるが、いつものように時々眠るので映画が終わった後どんなすじだったのかさっぱり分からなかった。
’08年2月20日(水) 東京都美術館
「ルーヴル美術館展」 〜フランス宮廷の美〜
18世紀のフランス宮廷、ルイ15世の寵愛を受けたポンパドゥール夫人やルイ16世の妃マリー・アントワネットら宮廷人が使用していた装身具や調度品などフランスの美術工芸品約140点が展示されていた。数多く「嗅ぎ煙草入れ」が展示されていたが、作品は小さくても表面・内部を飾る焼き物の絵、彫金などの技術は高い。
毎月第3水曜日はシルバーディで65歳以上の人は入場料が無料である。宝塚歌劇の「ベルサイユのバラ」がヒットしていたので、無料でなくても今回の展覧会には女性達が集まるのではないかと思われていた。案の定長い行列で最後尾に入場までに40分という看板をもっている人がいたが入場するまでに小一時間かかった。入場を制限していたので中は思ったより混雑はしていなくてゆっくり鑑賞できた。
’08年2月18日(月) 新宿ジョイシネマにて 映画「母べえ」を鑑賞
昭和15年から昭和16年にかけて普通の家庭で起こった事件を通して日本を描写した作品である。当時の悪法「治安維持法」がどれだけの人を苦しめたか、原作者・野上照代さんが子供の頃、自分自身の家庭での出来事を描いた実話である。あの当時は今の北朝鮮と同じような国であった。そんな国に後戻りしないためにも沢山の若い人に観て貰いたい映画である。今の日本を見ていると一部の権力者によって少しずつ変な方向に向かいつつある。
’08年2月7日(木) 国立科学博物館 世界遺産 「ナスカ特別展」
2006年3月から3ヶ月間行われた「ナスカ展」。以後全国各地を巡回した。前回見逃した人たちの要望にこたえての今回19日の限定展示で、バーチャルシアターのスクリーンも大きくしたバージョンアップ版である。
ナスカというと雄大なインヘニオ台地に刻まれた地上絵が有名である。今回の展示は地上絵のことだけでなく、幼児のミイラ、外科手術跡のある頭蓋骨、不思議な形と鮮やかな色彩の絵付けの土器、精巧な織物などナスカ文化の紹介がされていた。バーチャルシアターでの上空から見た地上絵の映像は、あたかも自分がヘリコプターでインヘニオ台地の上空を飛んでいるようであった。
’08年2月6日(水) 東京国立博物館 平成館
陽明文庫創立70周年記念特別展 「宮廷のみやびー近衛家1000年の名宝」
陽明文庫は、昭和13年(1938)に時の首相近衞文麿(近衞家29代当主)が設立したもので、近衞家が宮廷文化の中心として護り伝えてきた貴重な文書や宝物を収蔵している。このたび陽明文庫創立70周年を記念し、20万点にもおよぶその所蔵品の全貌を俯瞰するはじめての展覧会。










谷中安規(たになかやすのり)は、白と黒の木版画によって幻想と怪奇の世界を創り出した非凡な作家で、1897年奈良県桜井市(長谷寺のそば)生まれ。版画家。永瀬義郎に師事。日本創作版画協会、日本版画協会から国画会に出品。特異な幻想をたたえる作品が多い。内田百間や佐藤春夫、堀口大学らの作家から援助を受けるが、生前は評価されず、戦後の1946年東京の焼け野原で栄養失調でひっそりと餓死した。作品は死後、再評価された。
本展では、約300点の版画、装幀・雑誌の挿絵、版木などを展示し、めくるめくアンキ・ワールドの魅力を紹介されていた。
、「わかれの宴」を見たとき最初は、戦争で出征するときの別れの宴を描いたものと思って見ていた。説明を読んでいくうち、これは谷中が友達の家(千葉五井の龍泉院)に居候していたとき、その友達の妹に恋をしたが失恋していまった。その心を癒すため、夜毎本堂で踊り狂っていた。夜毎踊っている谷中に困った友達は家を出て行って欲しいと何回も別れの宴をした。こんなエピソードが書かれていた。
’04年1月24日(土) 東京オペラシティ
アートギャラリー
チケットが手に入ったので、映像による建築を見に行った。いろんなデザインの建築を見るとなかなか
面白いが実際のところ使用して便利に出来ているのかどうか、ただ、建築家だけが満足しているので
なければ良いが。
1.[企画展]ジャン・ヌーベル展(ギャラリー1&2)
「映像的な建築」あるいは
Vanishing
Architecture(消失する建築)
世界が大注目の建築家:ジャン・ヌーベル アジア初の本格的な展覧会!
2.[収蔵品展]建築の見える風景(ギャラリー3&4)
3.[project
N]project N15 牧谷光恵(4Fコリドール)
’04年1月4日(日) 桜井明弘ライブコンサート
吉祥寺「Be・Point」
弘子さんの知り合いの桜井明弘氏のライブコンサートを聴きに吉祥寺の「ライブハウスBe・Point」に
行った。
なぎら健壱のバックをやっている「Aサーキット」も出演し、ギターの演奏はさすがプロであった。
コーヒールンバの演奏は知っている曲でもあり感動した。
1月4日(桜井が関係したもの)@吉祥寺「Be・Point」
1.日の出づる神国
2.風景
3.ピンナップ・ベイビー・ブルース
4.キネマの屋根裏
5.季節の隙間にしゃがみ込んで
6.YOKOHAMAホンキートンク・ブルース
7.セントジェームス病院
8.ギラギラしているぜ!
1.2は弾き語り・3〜8は藤川栄治(D)・山下政一(B)・藤井良彦(G)、7は衣山悦子(TB)が参加。
Aサーキットのアンコール
1.愛の絆
2.永遠の絆
Aサーキット・桜井明弘バンド・寒空はだか等が参加